グッズで見つけた商品を仕入れ、販売している店舗やサロン、ECサイトのバイヤーさんへのインタビュー企画第三弾は、2019年に鎌倉にオープンした喫茶店【佐助カフェ】オーナー、島崎亮平さんにお話をうかがいました。
鎌倉駅から徒歩15分。名所の佐助稲荷神社や銭洗弁財天への通り道にあたる、閑静な住宅街にしっぽりと馴染んでいる一軒家のカフェ。天井が高くゆったりとして明るい店内は「観光に来たのに思わず長居してしまう」そんな、居心地の良さがあります。
インタビューでは、長年金融や投資の世界に身を置いていた島崎さんがカフェを始めた理由から、観光地ならではのお悩み、メニューへのこだわり、肌感覚で磨いた仕入れのルール、今だから笑える失敗談など、盛りだくさんのお話をいただきました。
《店舗情報》
佐助カフェ
神奈川県鎌倉市佐助2丁目18−15
営業時間:ランチ 11:00~15:00/ドリンク・スイーツ 11:00〜17:00
定休日:火・水(木、隔週)
店舗面積は約82平方メートル、席数は20席(店内)
テラス席はペット可。別棟のギャラリーは貸し切りも可能。
店内で提供される陶器のお皿とカップはすべて陶芸家の奥様の手作り。
コンセプトは「アートと読書を楽しめる喫茶店」。カフェに来店するお客様やアーティストのクロスロード、地元の人々の憩いの場を目指して2019年にオープン。
店内では定期的にアート展を開催しています。直近の展示会「みたり展」は佐助カフェで知り合った女性作家3人による猫をテーマにしたもの。
高齢化の進む街での高齢者の居場所づくり、防災機能をも備えたカフェの姿を模索しています。
金融の世界から離れてカフェの経営へ
イギリスの大学を卒業し、投資銀行や国連などで長年勤め、文字通り世界を駆け回り50代で日本の投資顧問会社の社長を務めていた島崎さん。55歳になった時に「もうサラリーマンは辞めよう」と、退職し、高校生の頃から憧れていた喫茶店のオーナーになることを決意しました。
「高校生のころから喫茶店のヘビーユーザーだったんですよ。当時の喫茶店は、ハンドドリップのでっかいヤカンがあって、マスターが蝶ネクタイなんかしていて、チャリンチャリンとドアが開いて『いらっしゃい』って、そういうのがいいなと。」
「そういうのをいつかやりたいと思っていたけど、気が付いたら30超えて40超えて、古本屋もいいなとか、だらだらと55ぐらいになった時に『もうやろう、なんかやろう』とにかくサラリーマンはやめようと思いました。」
「最後は、自分の世界っていったいなんなんだろうと。会社の代表もやっていたけど、結局外資も日本の会社も自分の世界じゃないじゃないですか。他人の世界。そこで偶然お金もらってトップになっているだけなので、必ずしも自分の人生がそこにある訳じゃない。『これが俺の世界』と思えるもの。歌でも本でも、自分を表現できる形があったらいい。じゃあなんか店をやろうと思った時に、お金はあんまりプライオリティじゃない、むしろ、コミュニティとの付き合いやアートが交わるカフェをしたいなと思いました。」
お金ではなく人のエネルギーが集まるカフェにしたい
元々、本やアートが好きだった島崎さん、店内の本棚は取り外したり高さを変えたりできるように設計し、開催されているアート展の作品が飾られています。
「設計している時は上まで全部本棚にしようかと思ってたんです。でも自分の世界を見てもらうようなのはちょっと趣味じゃないと思って、本棚を半分ぐらいにしました。だって、僕が好きな本を並べても来る人によってはつまんないし、要は僕の、おじさんの世界なので『はいはい』というかんじになるよね(笑)」
「その内に、『作品書きました!』ってお客さんが作品を持ってきてくれるようになって、そういうのを並べているほうがエネルギー感が全然違う。作品を作っている人の人生がワーって溢れて、それを見た人が『これいいね』って言ってくれて、『じゃあ今度紹介しますね』っていう会話が生まれる。色んな人のクロスロードであることが大事で。自分のものは奥のほうに少し置いて遊んでますがそれで充分。そうやって人と人の付き合いに繋がることのほうがずっと面白いです」
人通りの多い観光地だからこその悩み
オープンしてすぐにコロナ禍。その後、鎌倉の観光客は年間1000万人を超える過去最高のペースとなっています。一日の営業時間は6時間ですが、多い日には120人以上のお客さんが来るそう。その8割が外国人を含む観光客です。
「お客さんが増えて、行楽シーズンの土日は常に満席状態。売り上げも何割か上がったけど来てくれたお客さんと会話もできないぐらい忙しくて何やってるかわかんなくなっちゃって。それは本末転倒だと思って最近は試行錯誤しています。」
「僕が30代だったら、この波で次は何やろうって2軒目を出したりするんだろうけど、今の自分の人生設計でそれは違うなと。お客さんと会話したり、お客さん同士も会話したり、もう一度そういうお店にするために、最近は席数を減らしたりラストオーダーを早めたりしています。」
「『植物は日があたりすぎると枯れる。適度な光が一番いい。そういうものを自分は作りたい』と、言っている職人さんがいて、自分もその通りだと思った。元々やりたかったアートとか、お客さんとのクロスロード。そういうのがやれないと自分も枯れるし店も枯れるだろうと思う。」
「この秋は本当に忙しくて日々の振り返りができなかったので、11月から隔週で木曜を休みにしてみました。その日はできるだけスタッフみんな集まって仕込みの日にして、お菓子食べながらあれこれ溜まっていたことを吐き出したり、グラスの汚れに気付いたりすることができたから、これは続ける予定です。家に帰ってからグッズのサイトを見る余裕もできるし、売り上げは下がるけど意味はあると思っています。」
メニューづくりの鉄則は「カッコつけない」
ドリンクは約20種類、ランチタイムにはハンバーグや、鎌倉・極楽寺にあるスパイス屋アナン邸のカレーが季節ごとに登場し、デザートにはこだわって作ったオリジナルの「佐助焼き」など数種類が並んでいます。
ドリンクメニューの一番人気は「佐助ブレンド」。コーヒー豆はグッズを通して、葉山 inuit coffee roasterから仕入れられています。
「コーヒー豆をどうしようかと考えて色んなお店を回っていた時に、イヌイットさんだけが『どういうコーヒーが好きですか?』って聞いてくれたんです。しかも、『佐助ブレンド作りましょう!』って言われてびっくりして。彼も始めたばっかりでリスクもあるのに2種類も作ってくれた。他の焙煎所では、「俺のコーヒー美味しいだろ?」というところが多くて、いわゆる職人気質なかんじでそういうのも悪くないんだけど、彼はそういうタイプじゃないのがすごく特別だと思います。」
「今って、コーヒー豆だったらどっかのシングルオリジンだとか、なんとか村のとかがいいって世の中じゃないですか。でも違うんだと思う。そうじゃなくて、そこに見えるイヌイットのマスターの顔、うちの顔、そういうほうが長期的に響いてくるんじゃないかなって思う。お客さんが飲んで『美味しいから買って帰ろう』とか『イヌイット行ってみよう』ってなるほうがいいんじゃないかなと思いつつあります。」
メニュー作りのポイントは、物価、客層、競合との兼ね合い、時間帯。
佐助カフェでは、近隣の店舗とのコラボメニューや、産地まで訪れて選んだ「狭山茶」、ネパールの女性支援に繋がるネパールコーヒーなど、人との繋がりも大事にされているメニューが並びます。
「うちは主婦や学生が多いから値段にはシビア。このカフェを長くやっていくとしたら、横浜とか川崎の主婦が友達と来て『また来年も来ようね』って思ってもらえる店にすること。写真映えのするデカいパフェとかは必要ないと思います。」
「最近入れたチャイはアナン邸さんのスパイス。ケーキは稲村ケ崎の女性が焼いているケーキ。地元が大好きな人たちとの付き合いが広がる中でメニューができる部分もあります。ちょっと高いネパールコーヒーは、趣味でやっているトレイルランでゴールした時に原っぱでお兄ちゃんが売ってた(笑)よくよく聞いたらネパールの女性支援に繋がるというので、そこから仕入れることにしました。」
行列のできるお店を目指さない経営
当初は、アイスクリームのコーンなどにもこだわっていたそうですが、「経営の一番難しいのは原価の計算」だと、島崎さんは話します。
「最初は色々こだわっていたけど、メニューづくりは商品ありきでこだわりすぎたらだめだというのが5年たって分かりました。『こういうの売りたいから店始めた』って、最初からカッコいいメニュー作っちゃうと原価がひっぱられて、結局自分で自分の首をしめることになると思う。」
「コロナが明けて客足が回復してきた時にあんまり黒字が広がらなくて、色んな事のやり方が悪いなと気付きました。仕入れが高い、メニューが広がりすぎ、人を雇いすぎ。色々見直して、見た目が可愛い、面白いっていうよりは、ちゃんと美味しいものを原価を下げて入れたらそれで十分だったから、真面目にメニューを出して、自分がやってて楽しいことや意味のあることをするのが大事なんだと思います。」
忙しいからこそ、肌感覚でNOと思うものは入れない
佐助カフェの経営で、島崎さんが導き出した利益勘定のボーダーラインは200円。それ以下になると判断した商品は基本的には扱っていません。
「イヌイットのコーヒー豆以外の物販はほとんどやめました。600円ぐらいのものを少し置いてすごい忙しい時に人を使ってレジ打って、クレジットカードでの支払いでってなると手数料もかかるので利益は50円ぐらい。だったらうちは無理にやらなくてもいいと思っています。」
「それでも売りたいなら500円で仕入れたものを1000~1200円で売れる形にすればいい。たとえばビールなら、お金のある人や外国人はビールの800円と1200円に差がないから、付加価値を付けてそういう人を狙う戦略を立てればいいと思います。」
一方で、ギャラリーのような本棚では、鎌倉にゆかりのある書籍や奥様の焼き物など、繋がりの深い人々の品物を扱っています。
「こういう物は買いたい人が買っていくのでそれでいいと思う。方向性、ロケーション、客層、全部ひっくるめて数字を見る。そこのバランスと自分の人生観。数字だけでも複雑だけど、人生観が入るともっと複雑です。」
「僕は最低限の数字ができるので売り上げから分析もしますが、普段は肌感覚で考えています。疲れているとデータなんか見たくないので、今日はランチが出てないなとかあのメニューはやっちゃいけないなとか、そういうことはいつも考えています。」
やってみて分かった経営の難しさ
経営感覚の鋭い島崎さんですが、喫茶店の経営にはやってみないと分からないこと、5年たってようやく分かってきたことが多々あると話します。
「最初の年『クリスマスは人出がすごいんじゃないか』って、ブルーベリーとカシスを使ったお菓子を大量に作ったんだけど、全然売れなかった(笑)よく考えたら、クリスマスに佐助稲荷とか銭洗弁財天なんて誰も来ない。全然人が通らなかった(笑)」
「それなのにまた、『1月2日は絶対すごいから気合い入れてやろう』ってなって、サンドイッチ60個を1日に作って待ってたけど、15個しか売れなかった(笑)おまけにその時は、100個作る予定でアボカドが入った段ボールを外に出しておいたら、夜の間に全部リスに食べられててきれいに種と皮だけ残ってた。見つけたリスがみんなを呼んだんじゃないかな(笑)」
地元の付き合いは学校では学べない
同じ地域に自宅がある島崎さんは、地域の自治会役員を10年以上されています。介護や防犯などの課題を目にする中で、佐助カフェを活かす方法を考えています。
「サラリーマンやってよかったのは、周りの人の老いの過程がみえること。この地域は今、高齢化の問題があって、独居老人の多さはこれからの課題になると思っています。そういう人の役に立ちたいと思って、以前はお年寄りを集めてボードゲームや麻雀会をやっていましたが、本当に孤独な人は来ない。自治会や役所と連携して、たとえばお弁当を届けるとか、取りにきてもらうとか、少しずつコミュニティに入ってきてもらうような取り組みをしたいと考えています。」
「カフェを始めてから毎朝のラジオ体操にも通うようになりました。防災の目線としては、何かあったときに佐助カフェは寝泊りできるので、備蓄も一応しています。そういうことも情報がないとできないので、地域の人と繋がること、普通に挨拶して、迷惑かけないでここに佐助カフェがあるというのを認知してもらうのがすごく大事だと思っています。」