伊藤雅人
MASATO ITO
30代で故郷・秋田に戻り、父から荒れた雑木林を受け継ぐ。林業の対象にならない森に、二人の息子の遊びをつくる中で、日本固有種の山桜と出会う。
使い道も分からないまま数年放置していた山桜で、試しにカッティングボードを作り、日常で使い続けるうちに、色合いや表情が少しずつ変わっていくという他の樹種には無い特徴に気づき、大きな衝撃を受ける。
前職では、製品の開発、試作、製造、営業までを一貫して担ってきた。構想を形にし、使われ、評価されるところまでを自ら引き受ける。その姿勢は現在のものづくりの基盤になっている。森と山桜に向き合う中で生まれた思想を「スローギア」と名付けた。以来、人が立ち止まり、自分を見つめなおす時間を確保するための道具を、木という素材で形にしている。