Bill Lark
ビル・ラーク
1990年代初頭、スコットランドを訪れたことをきっかけに「タスマニアでも本格的なシングルモルトウイスキーを造れるのではないか」と考えるようになり「、当時のオーストラリアで残っていた、小規模蒸留所でウイスキーを造ることが事実上不可能な法律を政府に直接働きかけ法律改正を実現。
「オーストラリアンウイスキーの父」という異名を持つほど、タスマニア・ウイスキー史の大きな転換点を作りました。
また、職人同士が技術や知識を共有する文化を形成させ、タスマニア産ウイスキーの国際的評価を確立させることにも尽力するなど「自分だけが成功すればいい」という考えではなく、地域全体のウイスキー文化を育てることを」大切にしています。
2015 年にはワールド・ウイスキーアワードの殿堂入りを果たし、業界最高の評価を受けました。